ステンレス鋼がばね材料として仲間入りしたのは日本では戦後の昭和 30 年代のことです。
近年ではそれまでのピアノ線や銅合金線に比べてステンレス鋼の使用量が反転しています。その反転した主な理由は次のとおりです。
1)それまでのステンレス鋼の鋼材の品質が上昇し、強度・表面形状・寸法等がばね用炭素鋼と同等もしくは準じてきたため。
2)炭素鋼に比べると特に防食のための表面処理を行わなくても良い。
ステンレス鋼が日本で開発されたのは明治末期で、初めはステンレスを誤訳して絶対錆びない鋼といっていたが、その後、昭和初期になると錆びにくい鋼となっています。
ステンレス鋼は鋼に約 12%以上の Cr が含有されたもので、Cr を含有すると鋼の表面に 20~40Å(1Å=1オングストロームは千万分の1㎜)の緻密な酸化皮膜ができるために耐食性があるとされています。
この酸化皮膜のできた状態を不働態化したといいます。
金や銀に耐食性があるのは本質的なものですが、この点ステンレス鋼の耐食性は不働態というコートのおかげで、一種のみせかけとなるが、たいしたみせかけです。
ただ、このみせかけのコートは非酸化性または還元性環境(塩酸や硫酸液中など)には耐食性が失われます。
現在ステンレス鋼には表1に示す4鋼種がありますが、このうちフェライト系以外をばねに用いています。
表1.ステンレス鋼の種類
種類 | 代表的鋼種類 | |
マルテンサイト系 | SUS410 (13Cr) | Cr系 C:0.15%以下 Cr:11~14% 焼入れ焼戻しによって強じん化 オーステナイト系よりやや耐食性が劣る |
フェライト系 | SUS430 (18Cr) | Cr系 C:0.12%以下 Cr:14~18% 焼入れによる硬化が少ない オーステナイト系より安価 |
オーステナイト系 | SUS304 (18-8) SUS316 |
Cr-Ni系 Cr:13~30% Ni:6~20% もっとも一般的なステンレス鋼 加工性が良く、加工硬化も顕著 |
析出硬化系 | SUS631(17-7PH) | Cr-Ni系に Al、Cu などの第3元素添加 固溶化処理後に冷間加工を行い、その後析出硬化処理により強じん化 |
以後、次の系統名で説明をします。
◇ばねに用いられる鋼種
マルテンサイト系……M 系
オーステナイト系……A 系
析出硬化系……S 系
◇ ばねには不使用
フェライト系……F 系
表2.ステンレス鋼種と化学成分(単位 %) (<は以下を示す)
種 | 鋼種 | C | Si | Mn | Ni | Cr | Al |
A | SUS304 | <0.08 | <1.00 | <2.00 | 8~10.5 | 18~20 | ー |
S | SUS631J1 | <0.09 | <1.00 | <1.00 | 7~8.5 | 16~18 | 0.76~1.5 |
M | SUS420J2 | 0.26~0.40 | <1.00 | <1.00 | ― | 12~14 | ー |
F | SUS430 | <0.12 | <0.75 | <1.00 | ― | 16~18 | ー |
注)A・S種はJIS G4314、M・F種はJIS G4315による。P・S等の一部成分を省略。
F系のものがばねに用いられないのは、焼入れしても硬化しない為です。
その点、A・S系のものは次加工の冷間加工で硬化し、ばねとして使用できます。
M系のものは焼入れによりマルテン化し硬化するもので、適当に焼戻しを行えばばねとして使用できます。
しかし一般に M系のものはばねよりも、高応力下の耐熱部品として使用される場合が多いです。
表2で見るように、A・S・M・F の各成分上の組成からも、焼入れの傾向がわかります。
JIS の機械構造用炭素鋼(G 4051)でいえば、材料中の炭素含有量が約 0.4以上のものは焼入れによる硬化が期待され、経済的にも安いので自動車部品をはじめ多くの部品に使用されています。
表3.ステンレスの主な用途
種 | 日本での系統名 | 主な用途 |
A | オーステナイト系 | ばね |
S | 析出硬化系 | ばね |
M | マルテンサイト系 | 高応力・耐熱部品 |
F | フェライト系 | 家庭用器具 |
ステンレス鋼の JIS 記号の前後にいろいろな記号があって、それぞれの材料の質別を示しています。ここではばねに関係するもののうち、代表的なものだけを示します。
表4.ばね用ステンレス鋼線
種類 | 区分 | 記号 | 分類 |
SUS316 | A種 | WPA | オーステナイト系 |
SUS304 | B種 | WPB | |
SUS631J1 | C種 | WPC | 析出硬化系 |
表5.ばね用ステンレス鋼帯(板ばね用材料)
種類 | 調質記号 | 硬さ(Hv) | 分類 |
SUS301-CSP | 3/4H H EH |
370以上 430以上 490以上 |
オーステナイト系 |
SUS304-CSP | 3/4H H |
310以上 370以上 |
|
SUS631-CSP | 3/4H H |
400以上 450以上 |
析出硬化系 |
他に、板金用のステンレス鋼として、SUS304-CP冷間圧延鋼板、あるいはSUS304-CS冷間圧延鋼帯などがあり、
更に表面仕上げとして
No.3・・・・研磨材の粒度100~120番仕上げ
No.4・・・・研磨材の粒度150~180番仕上げ
HL・・・・・ヘアーライン仕上げ
等の種類に分かれる。
ステンレスのうちで最も使用されているオーステナイトステンレスは、なぜ冷間加工(伸線や圧延)によって硬化されやすいのでしょう?
これは通常の加工硬化に、同じく冷間加工でもたらされるマルテンサイト組織変化による硬化が加算され、大きな加工硬化特性が得られるのです。便利に出来ていますね。
次に、引張強さ(σB)から硬さ(HB)がわかる方法をお話しして、この章を終えたいと思います。
σB = 0.35HB ≒ 1/3 × HB (HB≒HVとする)
例)σB 100 kgf/mm2 = 0.35 × HB → HB = 285
この方法はステンレス鋼だけでなく、普通鋼・炭素鋼にもよく合致し、便利です。
今日はこれまで。